TANNYMOTORS

一度人を食らった熊は、その味が忘れられず再び人里に降りてくるという。つまりバイクの日記です。

ぜいたくはすてきだ

ぜいたくはすてきだ。普段やらないようなことをやると、浮ついた心の分だけ気持ちが軽くなる。

特急列車のシートをめいっぱいまで倒す。これはぜいたくだ。ふんぞり返った自分の姿は恥ずかしいような、しかしシートに横たわる自分が旅慣れているような、その不安定さがくすぐったい。車中で書き物や食事をするには不便をするが、そもそも旅慣れた人間は車中で書き物も食事もしないだろうし、だからこそこれはぜいたくだ。

飲み屋で瓶ビールを飲む。これもまたぜいたくだ。わざわざ飲み屋に入ったのに、店が仕入れた酒ではなく、あえて酒屋で買えるような瓶ビールを飲むというのは、その人なりの美学があるようである、手酌で飲む酒は人に注いでもらう酒より気取らなくてうまい。あえてけちをつけるなら、瓶ビールをちまちま飲んでいるすがたは、人によっては貧乏臭く見えてしまうかもしれない。注ぎきった瓶ビールを逆さまにして最後の一滴まで飲もうとするのはやや浅ましいように見えるが、しかし有名な茶屋の主人が「淹れた茶は最後の一滴が一番美味いのだ」と言っていたので、瓶ビールも最後の一滴が一番美味いのかもしれない。これはそれぞれの美学に任せるところである。

太陽の日差しを受けて目覚める。これは至上のぜいたくだ。自然に生活のリズムを託すような生活を、時計の上で生きている人間は望むべくもない。日の出と共に目を覚まし、日の入りと共に床に入る。このような生活を送れば心身が自然と一体となり、やがて宇宙の真理に至る。その現象はぜいたくを超え、ある種の救いともいえる現象に昇華していることであろう。

これらを超えるぜいたくはそう容易に実現するものではないが、地方のビジネスホテルにコンビニで買い込んだ酒を持ち込み、一人で知らない街の夜景を見るのは、庶民が味わうぜいたくの中でもとびきりのものである。