TANNYMOTORS

人の味を知った熊は再び人里に降りてくる。

冷笑してる場合じゃない、藻前はイキロ|劇場先行版『NEEDY GIRL OVERDOSE -OVERTURE-』

ゲーム「NEEDY GIRL OVERDOSE」のリリースから4年が経ち、本作はついにアニメ化を迎えた。正直なところ「ついに」というより「なぜか」の方が適当かもしれない。何をどうすればアニメ化できるか見当もつかなかったし、いつの間にか超てんちゃんや原作者のにゃるらを取り巻く環境が最低最悪キショキショ地獄になったりして、どちらかといえば不安の方が大きい日々を送りながら、それでも指を折りながら劇場先行版の公開を待っていた。

ただ事前にティザーを見る限り、画面の中にはモンドリアンやモルフォ蝶やヴェイパーウェイブ(MACプラスフローラルの専門店)やナムジュン・パイクが山盛りで、きっとにゃるらの好きなものを詰め込んだアニメなのだろうと言うことは伝わってきた。

封切りは早春の夜雨に濡れながらテアトル梅田で見た。公開初日最終回の人入りは超かぐや姫と比べれば決して多くはなかったが、むしろこれが超満員になるような世の中だったらそもそもニディガ自体生まれることはなかっただろう。

劇場先行版と言えば昨年のジークアクスを見たときの衝撃は腰を抜かし言葉を忘れるほど大きなものだったが、ニディガに関しては展開も着地点も読めない緊張感のある時間であった。ただ基本的には「超てんちゃんがアニメになったよ!かわいいね!」と思いながら見ていた。にゃるらの脚本も気にはなるが、それはそれとして超てんちゃんは超絶最かわな天使であるからそのお姿がスクリーンの中で輝いているのは実に素晴らしい光景であった。

内容としてはOVERTUREの副題の通り、序曲、序章に相応しいものだった。超てんちゃんは何者か、人は超てんちゃんをどう見るか、超てんちゃんとそれを取り巻く人々はどうであるか。それがにゃるらによって甘美に、あるいは露悪的に描かれている。文字にしてみれば実にシンプルな話である。配信者は画面の中でキラキラしているけれど、それ以外のシーンでは、あるいはそれを見ている人は基本的に陰鬱の中にいる。だからこそ配信者をアイドル≒虚像として推し、そして消費している。「お前ら私を推せよな、私はそんなお前らに微笑んでやるからよ。なんてったって私は天使だからな」物語の骨子はこのようなところだ。

作中の演出についてはにゃるらの趣味が大きく現れている。可憐な美少女が世俗の中で輝いている姿もあり、汚れている姿もあり、弱者が擦り切れていく姿もあった。にゃるら自身ネットの中で有名になった人であるし、ところどころでにゃるら自身を投影したようなシーンもあったように思う。耽美で退廃的な背景、音楽と合わせてみてみると特にそう感じられた。

おそらく、このアニメは基本的ににゃるらの摂取してきたサブカルチャーを再構築したものだ。90年代のサヴァイヴ感、ゼロ年代のセカイ系、10年代の孤独と依存、これを一つにまとめ上げたものがアニメとしての「NEEDY GIRL OVERDOSE」である。そして「ふーん、なるほどね、そういう感じなんだ」と後方腕組み彼氏面を全員でするのがOVERTUREであった。

冷笑しているかのような感想だけれど、本放送でこのスタンスとイメージがどう破壊されるか今から楽しみで仕方がない。漏れたちは冷笑しながら世界を消費している場合じゃない、自分の足で歩いて、自分で居場所を掴んで、そして超てんちゃんにペンライトを振るんだ。超てんちゃんはそんな漏れたちを救ってくれる。だって超てんちゃんは天使だからな。信じるものは救われるって、どこかのまとめで読んだことあるぜ。

俺たちは、そこにいた。「涼宮ハルヒの消失」

涼宮ハルヒの消失、やれやれ系主人公かよwwwと思ってたら本当に「やれやれ」言ってて感動www
イカれた女に振り回される平凡な男って構図はゼロ年代のあるあるだけど、むしろハルヒは"源流"の一つなんですよねwww
でもそのありきたりな構図で終わることなく、主人公キョンの自省と決断までを描くことで本作は名作になったわけですwww
もちろん長門有希の"世界改変"は簡素ながら本シリーズの本質であるSFに欠かせない要素でしたし、
いくらかご都合主義ではあれど(ラノベだから気にすなwww)しっかり完結させてくれたところはファンとしてはありがたい限りwww
それと簡素な部室でのやりとりは単調になりがちなのに、広角に収めることでむしろダイナミックに描く京アニの表現力には感服しましたwww
もし監督が押井守だったら全部俯瞰でキョンの語りばっかりになってたでしょうなwww
もちろん長門有希の可愛らしさはキャラクターの記号的表現の枠内では語り得ぬものがありwww
これには流石のウィトゲンシュタインも沈黙するレベルwwww
フォカヌポゥwww拙者これではまるでオタクみたいwww
でも拙者は涼宮ハルヒに青春を捧げたオタクでござるのでwwwコポォ

 

映画「涼宮ハルヒの消失」のリバイバル上映を観た。涼宮ハルヒに出会ってから、もう20年が経っていた。劇場内は20年前からオタクだったのだろうというオールドオタクでいっぱいだ。そして自分を含めた全員が、スクリーンに映るキョンや、長門や、ハルヒたちの物語を、食い入るように見つめていた。もしタイムマシンというものがあるのならば、20年ぐらいは意識を過去に送れるのだろう。少なくともあの場にいた全員が、映画を見ている間だけは、自分の魂をゼロ年代ど真ん中のあの時代に送り込んでいた。

自分にとってゼロ年代の三分の一は「涼宮ハルヒ」であった。当時は配信サービスも動画投稿サイトろくになかったので、私は電波の減衰した地上波アナログ放送を通してノイズ混じりの「涼宮ハルヒの憂鬱」を滋賀の地方都市で見ていた。インプットのチャンネルが少ない分、田舎に住むティーンエイジャーにとってチャンネルひとつひとつからもたらされる情報はどれもが劇薬だった。個人サイトをめぐり、2ちゃんねるを漁り、ニコニコ動画に張り付き、東京の文化放送を聞こうとラジオのチューニングを合わせる度に大音量の韓国語放送を聞かされ、そうして高校生になる頃には見事にオタクになっていた。

それから20年が経った。世界中はチャンネルで溢れ、インプットする前に余計な情報を流し込まれ、コンテンツは口コミとレビューで厳選された当たり障りのないものを倍速で消化するような時代になった。良し悪しはともかく、世界は変わった。変わらないのはオタクのオタクっぽさとタイピングのスピードぐらいである。そんな時に20年前へ意識を送れるような作品に再会したとしたら、もはやそれ自体が一つの物語になるぐらいの大冒険だ。

上映が終わって劇場内の明かりが着いた瞬間、20年前から現代に魂を引き戻されたオタクたちはみんな一様に小さく息を吐いて静かに方々へ去って行った。でもどうしてもこの体験を誰かと語りたかった。LINEの連絡先の中に、高校時代の友人の名前があった。一緒に聖地巡礼までした友人だった。「ひさしぶり」の言葉よりも先に「消失のリバイバル見た?」と送った。そして20年ぶりに会うことになった。気づけばお互い酒を飲む歳になっていた。とにかく会ったらいろいろと話すことがある。

涼宮ハルヒと出会ったあのとき、俺たちは、そこにいた。まずはそこからだ。

ヨーロッパ企画「インターネ島エクスプローラー」知らない飲食店以上の冒険がこの世にあろうか

金丸慎太郎という謎の俳優がいる。10年余りヨーロッパ企画の公演に出演しているわりずっと客演だし、客演なのにかなりの確率で主役を張ってるし、権限もないのにヨーロッパ企画のブログを勝手に更新したりしている。

そんな金丸慎太郎が満を持してヨーロッパ企画に加入した。本人が世界一周に出たおかげで加入が遅れたりもしたが、とにかく金丸君がヨーロッパにやってきた。おかげで各種媒体の金丸率が急上昇しており、Xはほとんど金丸筆になり、投稿一つ一つの文字数もめちゃくちゃ多くなった。

そんな馴染みの新人劇団員である金丸君が1年目にして座長を務める「インターネ島エクスプローラー」の公演が始まった。京都の文化芸術会館は古いし客席も狭いが舞台を隅々まで見渡すことができるので良いところだ。今出川に行けばミスドがあるところも大変良い。

今回の舞台である「インターネ島」は横スクロールで移動、もとい探検を進めていくスタイルだ。「ビルのゲーツ」では延々と階段を上り下りして膝を破壊する構成だったけれど、10余年を経てついに横移動が実装されたことは感慨深い。<縦の移動はゲーツ、横の移動はネ島、逢うべき劇に出逢えることを、人は仕合わせと呼びます>中島みゆきもそう歌っていましたね。

なお奥に進むと捕食者に食い殺されるので基本的に侵入できない。一方に進み続けると原住民に遭遇するし、特定のマップにはアイテムが落ちているし、ある程度移動を重ねると新しいキャラクターが登場する。ただしすべてのマップにモアイが存在している。なんだかゼルダの伝説スーパーマリオを掛け合わせたような構図だ。

そんなゲームみたいな未知の島に初上陸するからには当然カメラや記録機材を持っていくものだが、金丸は身一つで島に上陸する。モノより思い出を重視するタイプなのかもしれないが、一方でほかの冒険家たちはGoProや謎の測定器など、現代的な装備をいろいろと持ち込んで島を調べようとする。

金丸の冒険観とは相容れないものではあるが、ともあれ島の調査は進んでいく。モアイの謎やら島の秘宝やら冒険のお約束がボロボロ溢れてくる。もちろん白衣をきた研究者もいるし、極地にいそうなアレとか島を巡るソレとかも出てくる。このあたりの<お約束>を踏まえつつ「冒険で遭遇する未知って実質SFみたいなもんだろ」という話になってくる。

ちなみに金丸の無頼漢のような冒険家の対極にはスポンサーを背負った金子大地が現代冒険家として控えている。こういう奴はAO入試専門の予備校に通い、金にものを言わせてアピールポイントを粗製乱造するタイプだ。こんな奴は冒険の過酷さにも蛇にも耐えられないしテイカー気質に決まっている。それとクライナー飲んだら空き瓶を丁寧に並べ直して酒豪アピールもする。そんな奴のTikTok誰が見るんだよ。

何はともあれ未開の孤島にあるものを一面に敷き詰めて、冒険あるあるを山ほど詰め込んで、俺が冒険と思えばそれは冒険なのだと自分に言い聞かせ、冒険家は見たことのない景色を見るために外の世界に飛び出し、その陰で私たちはgoogleストリートビューと口コミで冒険した気になり、ネタバレを嫌がるくせに映画を倍速で見るような真似をするのです。

そんなの金丸慎太郎が許さないぞ!そういう舞台でした。

 

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Dreaming of the Hotel Sir Francis Drake|もし僕がアメリカに行く日が来れば

もし僕がアメリカに行く日が来れば、どうしてもやりたいことが2つだけある。
1つはシカゴ美術館でエドワード・ホッパーのナイト・ホークスを観ること。
そしてもう一つは、サンフランシスコの"Hotel  Sir Francis Drake"に栓抜きを持っていくことだ。

このスプーン型栓抜き(栓抜き型スプーン)は、京都の蚤の市で見つけて以来ずっと我が家の宝物の重鎮であり続けている。なぜか栓抜きというものは往々にしてデザインを優先するあまり実用からかけ離れていく傾向があるけれど、スプーンと栓抜きそれぞれを両立させてるこの1本はささやかな栓抜き収集家の僕の心を見事に掴み、今まで決して忘れさせることがなかった。

栓抜きのHOTEL SIR FRANSIC DRAKE と刻まれている。場所はサンフランシスコにあり、1928年に開業して以来オーナーが変わりつつも現代まで受け継がれてきたホテルである。

いつかはこの栓抜きを持ちながら「これがこのホテルへ導いてくれたんです!」とチェックインしてみたいと思っていたが、どうやら2022年、オーナーの変更とあわせてこのホテルの名前が「Beacon Grand」に変更されたというニュースを目にした。

どうやら「フランシス・ドレーク」という航海士が奴隷貿易に関与していた過去があり、そのあたりを有耶無耶にするために壮大な希望の光(直訳)である「ビーコン・グランド」になったらしい。歴史を消さないでくれよ。

歴史は風化するだけじゃなく意図的に破壊することもできるのだと言うことをまざまざまと見せつけられてしまった。英語記事の中で"CLOSED"の文字を見て呆然としてしまった。とりあえず別会社に引き継がれたというところまでは分かって安心したが、まさかホテル名を変えてまでいたとは夢にも思わなかった。100年近く営業してきたホテルの名前は歴史と同じだろう。それを切り捨てるほどの必要があったとはにわかには信じがたい。

ニュースを見て「ホテルがなくなった!」と勘違いして30分ぐらい呆然としてしまったが、ひとまずホテル自体は残っている。願わくばサンフランシスコの" Hotel  Sir Francis Drake"に泊まりし、瓶のコーラと共にこの栓抜きの凱旋を祝いたいと強く願っている。

この栓抜きがどうして生まれ、どのように使われ、どう評価されていたのか。一つの道具を見てそこにある物語を想像するときは、なかなかに楽しいものである、

栓抜きは暮らしであり文化であり歴史だ。

オタクは沖縄で果てろ|沖縄初上陸3・4日目

<まえ>

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家を出て高知を経由し沖縄に来て6日が経った。明日は家に帰るだけなので本日が実質的な沖縄最終日。食べ物やらリゾートやら普通の観光は一通り楽しんだので、この日は完全に趣味の日。飛行機や船の写真を撮りに行く。

まずは普天間飛行場。嘉数高台公園の展望台からは基地が一望できる。オスプレイは良くも悪くも有名になってしまったけれど、一応事故は減ってるらしい。展望台には椅子を持ち込み望遠カメラを三脚に据えて航空無線を垂れ流してる謎の男がいたのでちょっとだけ写真を撮ってすぐに移動する。公園内には戦争遺構もあり人類であることに少しうんざりする。


飛行場と住宅地の対比がえげつない。早く移転するといいな。


飛行場自体は広いのに機体はギチギチに並んでるように見える。

続いて平敷屋タキノーからホワイトビーチ海軍基地を眺める。ここは米海軍、米陸軍、陸上自衛隊海上自衛隊が同居しているらしい。でも眺める限りは物音一つない静かな場所だった。今回の沖縄旅行で一番気に入ったスポットがこの高台だ。海と空と船を眺めて1時間ぐらいぼんやりできた。貧乏性なので旅行中は常に動こうとしてしまうものの、ここで過ごした時間は間違いなくバカンスだった。


この程度の青さじゃもう驚かんよ。


奥の大きな船がアメリカ海軍の揚陸艦、手前の小さい船が海上自衛隊の掃海艇。負けるなニッポン。

前日訪れた道の駅かでなに移動してお昼ご飯を食べる。しょっぱい野菜炒めとごはんで塩分を取りバイクに縛り付けていた水を飲む。ちなみにカブ125は荷台部分が小さいピリオンシートになっているので荷物の固定が難しい。バックパックを縛り付けるだけでも手間取ったので最終的には水しか固定していなかった。

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ロックストラップはいいぞ。荷締めが一瞬で出来るからな。

道の駅かでな自体のポテンシャルも高く、フードや物販も充実して空調の効いた休憩室までありすこぶる快適。飛行機も常時飛び交っていて濡れ手に粟みたいな状態でたくさん写真が撮れた。


EA-18G。戦闘機にしか見えないけどちょっと役割が違うらしい


HH-60W。鼻っぽい部分の下にあるカメラが出っ歯みたいでかわいい。


MC-130特殊作戦機。輸送機は丸くてみんなかわいい。


民間の貨物機。真っ白つやつやでかわいい。


オスプレイ。形が野暮ったくてあまりかわいくない。

1時間ぐらいでこれだけの飛行機やヘリコプターがみられるのだからオタクもちびっ子も観光客もみんな楽しそうにしていた。バイク乗りの義務たるソフトクリームもレベルの高い合格点を越えるものをオールウェイズ出してくれる。オタクは全員展望デッキのお芋のソフトクリームを食べたほうがいい。

撮影と休憩を繰り返しているうちにカメラのバッテリーがなくなったので撮影を切り上げて那覇市内へ戻る。EOS R10で終日撮影するなら予備バッテリーは必須になる。モバイルバッテリーで充電しながらの撮影もできなくはないだろうけど、ケーブルが邪魔になるから結局バッテリー交換の方が楽だ。普段はファインダーで撮影しているからバッテリー2つでなんとかなっているけれど、動画を撮ったりモニター見ながら撮影したりするのであればバッテリーは3つあった方がいいかもしれない。

バイクを返してA&Wルートビアを飲んで宿で荷造りをして就寝。今回の宿はキャビンタイプでも1泊3,500円でバイクも泊められてすこぶる使い勝手のいい安宿だった。一人旅ならまたここを使おうと思う。

最終日の4日目は伊丹行きの便で大阪に戻り、夕方に帰宅するのんびり移動日だ。那覇空港に早めに行ってちょっとだけ撮影してみよう。


サメの絵…?水玉が草間彌生っぽくてちょっとこわい。


カラフルなのはシンプルにかわいい。飛行機は好きだけど見分けはつかない。


自衛隊機はぎっしり見えた。奥のC-2輸送機がまんまるで特にかわいい。

そこそこ撮影も楽しんだので土産や沖縄グッズをカバンに詰めてチェックインカウンターに向かう。もう飛行機の乗り方で迷うことはない。なんせ飛行機で沖縄に来ましたからね。帰り方ぐらいわかりますとも。大人を侮るんじゃないぜ。

JALの人「この予約…搭乗日が明日ですね…」
ぼく「おっっっっっと?????」

最後の最後で致命的なミスを犯しカウンターでメソメソしながらもなんとかして伊丹空港に到着。格安航空だったら多分見捨てられてたに違いない。こういうところに冗長性がないと旅なんてできません。何事も次善策を用意しておかないといけない。


ミャクミャクジェットだ…ここは大阪か…助かった…

高知ではサンダルを、沖縄では帰路を失い、代わりに高知ではいろりやのうどんと多田水産のカツオを、沖縄では絶景とバカンスを得た1週間の旅だった。まずはJALマイレージ会員と株主になってJALを応援していこうと思う。ありがとうJAL。赤くて丸いマークに親近感を覚えずにはいられないよ。

そして47都道府県制覇まで残すところあと3県。北関東の群馬、栃木、茨城だが、関西に住んでて北関東に行くことなんて基本的にないわけで、わざわざ行こうという気にもならない。ここはひとまず機会があれば一応行くということにして、これからは「日本は北海道から沖縄までほとんど全部巡りましたよ~」の称号を掲げていこうと思う。

<おわり>

リゾートというかファンタジー|沖縄初上陸2日目

<まえ>

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沖縄2日目の朝。今日は1日中バイクで走り回る予定なので8時に宿を出て那覇から海沿いに北上。道中のA&W牧港店でモーニングを食べる。


アメリカかよ。行ったことないけど。

A&Wといえばルートビアだ。A&Wオリジナルのコーラで「シップの味がする」とか散々な評価を目にしていたけれど、いざ飲んでみるとバニラの香りが爽快である。確かに香料はコーラともペプシとも違うけれど、同じ変わり種のドクターペッパーよりルートビアの方が好みかもしれない。ちなみにルートビアはどのサイズを頼んでもお代わり無料だ。じゃあレギュラーサイズ頼んだ僕は間抜けではないか。しかもジョッキで提供されるのでお代わりと言われても結構多いし…でも1杯だけもらおうかな…


ベーコンチーズマッシュサンドセット。ジョッキが重い

フードもしっかりおいしい。なんというかカロリーを感じる。これ毎日食べたらすごいことになるだろうなと思いながらゆっくり頂く。内装も外装もアメリカのダイナーっぽくてかわいい。


遮るものがないとグラデーションがキマるね。

引き続き東の海岸線に沿って北上してニライビーチと残波ビーチを見学。海で泳ぐつもりはなかったけど無視するのも勿体ないので手を浸して海水の匂いをかぐ。やはり磯臭さがない。水中のプランクトンが少ないのだろう。


相変わらず絵みたいな色使いで脳がつかれてくる。


なんにもしたくないな。ずっとバイク乗ってるのがアホみたいだ。

お昼前に次の目的地、「シーサイドドライブイン」に到着。ここはツーリングスポットとして紹介されていて店内にもクラシックバイクが飾られていたが、深夜帯は目の前の道路は二輪車通行禁止だし店の軒下にバイクを止めるなと書いてあるし、矛盾を感じるスポットだった。ただドライブイン特有の駐車場の広さと出入りのしやすさ、店内の広さは快適で海を見ながら食事ができるのは良いところだった。


しれっと24時間営業謳ってた。

こういうところでは名物を無視してカツ丼のようなしっかりしたご飯を食べるに限る。いくら関西より涼しくても夏の沖縄を走っているのだ。常に補給し続けないと命の危険がある。


カツ丼となにかの揚げ物。塩分。糖分。油分。

昼食後はすぐそばの万座毛を訪問。崖と海のバランスが良いと聞いて寄ってみたが、確かに良い景色だった。すごくビジュアルの良い東尋坊だなと思っていたら、隣の関西人が「めっちゃ東尋坊やん」と話していて恥ずかしい。一人旅のネタ被りほど残酷なものはない。でも例えるなら「きれいな東尋坊」としか言いようがない。


ここまでくるとなんか水槽みたいだ。


これ風と波があれば東尋坊だよ。
万座毛からは真っ白なビーチと絵にかいたようなリゾートホテルが見え、そこからやってくる水上バイクが透き通る海面に航跡を残していく。どこのビーチも真っ白で青い海との対比が良く映える。琉球石灰岩の元はサンゴだという。確かに浜辺の砂の色は沖縄の方が白いし、踏み心地も関西とは違う。これで沖縄版の富嶽三十六景を描いたらどうなるだろうか。もしかすると内地で「こんな色の海があるわけねえだろ」と炎上するかもしれない。頑張れ画狂老人卍先生。


あのホテル1泊分の予算でこっちは5泊できるからね。そういう旅しか知らんのよ。


引き続き北上しながら自撮りをこなす。一人旅とはいえ消息を残さんと。

沖縄本島中部に入り、美ら海水族館やシャングリア沖縄といった一大スポットを見ながら今回は古宇利島を訪問。少し疲れてきたので本島から古宇利島を結ぶ橋を見ても「なんか角島大橋みてえだ」という酷い感想しか出ないのでそろそろ宿に戻ることにする。この時点で午後4時。本島の東側にわたり緩やかに南下していく。


左下の女性がずっと自分のPV撮ってて大変そうだった。

道中、やたら強そうな警備員がひしめく工事現場の前を通ったが、どうやら例の座り込みスポットのようだった。ただし座り込みエリアには誰一人おらず、ただの静かな工事現場だった。座り込みにもオフが必要なんだろう。

夕方になると幹線道路はそれなりに渋滞してきて、カブのギアチェンジもだるくなってきたので休憩がてら嘉手納の道の駅に寄る。ここからはアメリカ軍の嘉手納基地が一望できる。


大きすぎる。ずっと向こうまで基地ってどういうことよ。

話には聞いていたがものすごい規模の基地だ。飛行機やヘリコプターが常に飛び交っている。北海道の新千歳や青森の八戸といった自衛隊航空祭に1機だけお呼ばれするような機体がゴロゴロ転がっている。那覇空港といい嘉手納基地といい飛行機好きにはたまらない場所だろうが、いかんせん戦闘機はうるさいし、基地のせいで道が狭いのでその辺は手放しには喜べない。ちょっとずつ集約できればいいね。


奥のヘリコプターは片付けてるのに。容赦なく飛んでいく戦闘機。大変だなあ。


操縦しながら「帰りてえ」とか思ってるんだろうか。

引き続き南下して那覇市に帰還。夕飯は24時間営業の個人スーパーで買い宿で静かに食べる。住宅街にある個人スーパーが24時間営業ってどこに需要があるんだと思ったら店自体も激安だし周りは風俗街と繁華街だし客足は絶えないらしい。

沖縄にはいろんなものがあるなあと思いながらコインランドリーで洗濯機を回す。乾燥しきれないものはキャビン内に張り巡らせた洗濯ロープに干し、乾いた服は1日ごとに小分けにする。そういえばリゾートホテルのコインランドリーってどんな感じなんだろう。

<つづき>

 

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沖縄はあります|沖縄初上陸1日目

<まえ>

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初めて迎える沖縄の朝、外を見ると突き抜ける青空がまぶしい。しかし緩やかに風が吹き、日陰にいれば京都よりも快適で過ごしやすい。なるほど、これが沖縄というものか。単純に、知らない街に来たな、と思った。さて沖縄には何があるのか。

高知で買った芋チップスを朝食替わりに食べ、旅の足としてレンタルバイクを借りに行く。125ccのカブを3日借りて2万円弱。レンタカーに比べればはるかに安いし、沖縄の都市部は慢性的に渋滞しがちなので、原付2種の機動力はかなり快適だった。


あふれる地元感。

借りたバイクの荷台にベルトを取り付けていると、遠くからジェット機のエンジン音が聞こえてきて、見上げると2機の戦闘機が頭上を通過していった。その後も道を走れば戦闘ヘリに追い抜かれ、海辺でぼんやりすればオスプレイが上空を旋回し、ソフトクリームを食べれば輸送機が目の前を離陸していった。これが米軍基地を持つ沖縄の日常か。今までに訪れた街にはない景色だ。街中で見る外国人はほとんどが観光の中国人かアメリカ兵で、ここも関西と大違いだった。キンタマがはみ出るくらいの短パンはアメリカ軍がルーツだったのか。

この日は沖縄本島の南部を回ることにして、まず東の知念岬を目指す。沖縄の海と空は本当に青いのだろうか。


見たことない青さだな、海ってそんな色だったっけか。


無人島で遊べるのか。もう漫画じゃん。

沖縄は本当に青かった。海流とかプランクトンの数とかが違うのかな。あと日光の量が明らかに多い。沖縄に来て以来ずっとサングラスをかけていたけれど、ここまで眩しいといよいよ裸眼では過ごせない。

次は西の糸満を目指す。糸満の道の駅は日本最南端の道の駅らしい。少なくとも道の駅スタンプはそう言っていた。お昼はここでソーキそばを食べる。麺は小麦粉で作られているのでそばと言うよりうどんかなと思ったが、戦後もそばと呼ぶかうどんかと呼ぶかで揉めたらしい。じゃあそばで良いけれども。


優しい味!でも結構うどん寄りだと思うよ。

糸満の次は那覇空港の南にある瀬長島へ。島の斜面に並ぶ真っ白なテラスで映えるらしいけど無視して飛行機の写真を撮る。那覇空港の滑走路は2本あるが、瀬長島はそのちょうど間ぐらいにあるのでどちらの飛行機も見えるのが良いところだった。


でかい!青い!かっこいい!


ピンク!かわいい!白い斑点がちょっとこわい!


たまに自衛隊機も離陸の順番待ちに並んでた。

色とりどりの旅客機が絶え間なく発着していく様子は見ていて本当に飽きない。たまに自衛隊の戦闘機や偵察機も飛び立っていく。飛行機写真を撮るのに沖縄は最高のロケーションかもしれない。

ただ初日から趣味に全振りするのももったいないので、宿にバイクを止めて近所のステーキ屋に向かう。とりあえず名物だし食べておこう、ぐらいのつもりで行ったら、めちゃくちゃしっかりしたステーキが出てきた。


平日だけど20分ぐらい待って入店。名前を書いてぼんやり待つスタイル。


ニューヨークステーキL¥2,700。塩と胡椒で食べたら最高に美味しかった。

ステーキは見た目から動物性たんぱく質!という感じが伝わってきてこれまでの旅の疲れが癒される。なんで疲れてるんですかね、沖縄に到着したのは昨晩なんですけど。ステーキと一緒にうっかり瓶ビールを開けてバイクも乗れなくなったので国際通りというのを散歩する。定番の繁華街だ。


地域猫がいたので「3,4日ほど滞在します」と報告。足元を3周して帰っていった。


都市部は他の街と同じ雰囲気。ただ高層ビルは少なめ。


ミリタリー系の雑貨屋さん。気合入ってるな。


気がついたらアメリカ兵の形をした栓抜きたちを購入。集めると止まらんよね

なるほどね、これが沖縄か。と思いながら宿に戻り旅装を解く。知ると見知るでは大違いだ。テレビでは沖縄尚学のことばかり報じている。彼らも沖縄に帰ってきたらしい。彼らにとっては甲子園の方が蒸し暑かったんじゃないかしら。というか実際沖縄の方が涼しいらしい。沖縄で避暑ってどういうことだろう。

<つづき>

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