TANNYMOTORS

一度人を食らった熊は、その味が忘れられず再び人里に降りてくるという。つまりバイクの日記です。

ヨーロッパ企画イエティ『スーパードンキーヤングDX』全方向を馬鹿にするくらし、うつわ、ドゥンッキ!

ヨーロッパ企画イエティ『スーパードンキーヤングDX』


かつてサブカルは独立したカルチャーだった。メインカルチャーと対をなす存在がサブカルチャーであり、その集合体がサブカルであり、つまり「ビレバン」であった。しかしメインカルチャーの影響力が小さくなれば、その影であるサブカルチャーの存在も薄らいでゆく。それでは「ビレバン」はどうなるのか。かつてそこにあったカルチャーと、そこにいた人々はどこに行くのか。ヨーロッパ企画イエティの俳優陣と作・演出の大歳倫弘が描く、人間とカルチャーの移ろいと揺らぎを伊丹のアイホールで観てきた。

それっぽく導入部分を書いてみたけれどそんな仰々しい物語ではない。ビレバンで働くヤンキーの中川が事故で10年間意識を失っている間に、かつて一緒に働いていた面々はそれぞれ別のカルチャーに移ってしまっていた、中川君はその新しいカルチャーに戸惑いながらも自分が大切にするカルチャーにたどり着く。という単純明快なコメディだ。

ほとんどの大歳作品がそうであるように、この芝居でも基本的にあらゆるものが馬鹿されている。ビレバンの店長だった石田は拗らせすぎて蕎麦に溺れた。バイトの酒井はメンタリズムを振り回すyoutuberになった。角田はよくわからないうちに筋肉を信頼し、音楽オタクだった木下はすべてを“ポイ”してミニマリストになった。そして藤谷はていねいな暮らしに豊かさを見出し、中川を待ち続けた呉城はヤンキーからフードセラピストに進化した。彼らは生活様式から生まれたカルチャーの上ではなく、自己ブランディングのために既存のカルチャーの下で暮らしている。その馬鹿らしさを丁寧にすくい上げていくのが大歳脚本の醍醐味であり、見ている僕らにザクザク刺さる魅力である。

食器のことを「うつわ」と呼ぶ奴、youtubeでメンタリストを名乗る奴、講演会なのに声を全く張らない奴、オーガニックだのロハスだのに執心する奴。普段僕らが斜に構えて馬鹿にしていたことを、芝居ではきちんと面白いことに置き換えられていた。当然万人受けするものではないので、客席は爆笑するひねくれものと、きょとんとする素直な人に二分されていた。この芝居を観た人の中に無印良品の店員さんがいたら「ラーメンズの公演見たほうが良かったかもね」と伝えたい。

芝居を観た翌日、ビレバンと無印に行ってみた。ビレバンにはあの黄色いポップがほとんどなくて、通路の幅も広くて、変なお香のにおいもしなくて、ピーピングライフも流れてなくて、「ああ、サブカルって死んだのか」と急に悲しくなってしまった。そして無印では北欧っぽいBGMに怯えながら100%オーガニックコットンの靴を見たり、新生活家電の中からスタンガンを探したりしてみた。無印良品の家って実在するのね。

ドンキーヤングDXで大歳作品の最高傑作がまた更新されたなと思う一方で、映像化は到底期待できないとも思った。もし大歳全集が編纂されてもこれだけは未収録になるかもしれない。ビレバンはともかく印の無いお店は作中で泣くほど馬鹿にされているから使用許可が出るとは思えない。でも踏み絵のみうらじゅんはマネージャーがOK出してるから、やはりサブカル方面には愛される芝居だったんだろう。やっぱり大歳君は天才だ。