TANNYMOTORS

一度人を食らった熊は、その味が忘れられず再び人里に降りてくるという。つまりバイクの日記です。

うるおいを取り戻したシャチのような

今の仕事で使っているスタンプ台は前任者から引き出しの中身ごと引き継いだもので、それを使ってゴム印を押すとおよそFくらいの濃さで印字ができる。今まではそれが普通だと思っていたし、ゴム印を押す仕事なんてつまらない作業だからそれまでスタンプ台に興味を抱くこともなかった。

だから事務所に余っていた新品のスタンプ台を使ってみたとき、その印字は息を呑むような黒さで、まるでブラックホールのようだと思った。これはかつて使っていたスタンプには決して出せない黒だった。

紙は乾く前のインクで輝き、印はゴムの色が隠れるくらい真っ黒で、少しでも強く押し付けていたら文字が滲むぐらい潤沢にインクを含んでいた。

ペンや消しゴムはなくなれば終わりだ。「ある」ことと「ない」ことの境界線はハッキリしている。でもスタンプにその境界線はない。限りなく「ない」に近づきながら「ある」まま収束していく。

くっきりと印字された文字を見ながら、つい自分のシャチハタ印に新しいインクを充填してみた。捺してみると、名字の漢字2文字が鮮明な赤色で紙に現れた。印影が薄れるくらい押した判子の数だけ書類があったのかと思うと、なぜだか充足感のようなものが湧いてきたものの、すぐに自己満足だと気づいて恥ずかしくなった。

デスクには僕を含めて3代分の担当者のシャチハタが残されている。しかも使わざるを得ないケースが未だにある。勘弁してくれないものかしら。