TANNYMOTORS

人の味を知った熊は再び人里に降りてくる。

ヨーロッパ企画「来てけつかるべき新世界」この傑作は二度でも三度でも見てけつかるべきだ

ヨーロッパ企画「来てけつかるべき新世界」のプレビュー公演を今年も栗東で見てきた。いつも座席は後方から見下ろす形で観劇していたけど、今回は珍しく最前列の真ん中。舞台を見上げながら芝居を見るなんて初めての経験だった。公演が終わったら首が痛くなるかな、と心配していたけど、公演が終わったらそれどころではなかった。

「来てけつかるべき新世界」これまでの作品たちの頂点だ

今回の公演は、ヨーロッパ企画上田誠の最高傑作だ。すべてが完璧だった。ストーリーも、配役も、演出も、舞台美術も、照明も、大道具も小道具も、何もかもが素晴らしかった。今まで見てきた演劇や映画、小説その他たくさんの物語には、それぞれの部門に僕なりのナンバーワンの作品があった。でも今回はそれを全部ひっくるめて、そして追い抜いて、この公演が頂点にやってきた。それくらいの作品だった。ネタバレをせずに賛美するのは難しいけれど、でもレビューを書く。

あらすじ

大阪・新世界のはずれ。取り立てて特徴の無い大阪の街角にも、ドローンが飛んで来るようになった。近所のマズいラーメン屋はドローンに岡持ちを持たせて出前をするし、串カツ屋を買いに来るドローンはいるし、おまけにドローンは串かつにひたしたソースを飛び散らせるから困ったものだ。将棋は人工知能に負けるし、アレにもVRは蔓延るし…「アァー!長く生き過ぎたァー!」

未来のテクノロジーは空想に実現性を与えた

今回の舞台は、少なくとも今よりは未来だ。ドローンが当たり前になるし、ディープラーニング人工知能も進化している。脳の中身はバックアップできるし、ネット上に自我を移して肉体を捨てる事もできる。でもシンギュラリティ(技術的特異点)はギリギリ超えていない。もう言葉だけを見れば攻殻機動隊の世界である。 でも、この舞台では攻殻機動隊のようなフィクションさではなく、「ありうる…」という可能性を感じさせてくれる。現代のアイテムや人間臭さにテクノロジーが加わると、未来の洗練さよりもさらなる人間臭さが際立っていた。 VRに溺れたり、ロボットを家族のように扱ったり、変わらない価値観がテクノロジーで揺らぐ様子もまたコメディだ。とある人物の生体データがネット上に残っていて、そこから生まれた自我が語りかけてくるシーンなんて、アメリカならSFだけど、ヨーロッパ企画ならそれでもコメディであり続ける。 最新技術をふんだんに使うことで、空想に現実味を与えて物語を立体的に仕上げていた。

 

配役と客演のバランスが良い

ヨーロッパ企画は客演の人を重要な役に割り当てる。例えば今回も出演している金丸慎太郎は以前「ビルのゲーツ」においてエンディングを飾っていたし、ヨーロッパ企画イエティの「カレの居ぬ間にビッグフット!」では、池浦さだ夢が主役だった。世間一般の客演の立ち位置がどんなものなのか知らないけれど、いつも物語に適材適所の配役をしていると関心しきりだ。ヨーロッパ企画のメンバーは個々のキャラクターを発揮できる配役がされている。酒井善史は偏差値の高い変態だし、角田貴志はやさぐれて尖っているし、永野宗典はキャパを超える刺激に翻弄されている。上田誠はこれを「火の鳥システム」と呼んでいた。物語にメンバーを当てはめているのか、メンバーにキャラクターを付けて物語を生やしているのか、でも生まれる隙間に入る客演が、一番美味しいところを持っている。この舞台を作るのはさぞ楽しかったことだろう。

まとめ

まだこの公演を観ていないなら、一秒でも早く観に来るべきだ。もし観に来たなら、一秒でも長く観ていたくなる。そして観終えたならその時は、観る前より確実に未来に近づいている。

ヨーロッパ企画第35回公演「来てけつかるべき新世界」

追記

この作品が第61回岸田國士戯曲賞を受賞した。演劇界における芥川賞であるこの岸田國士戯曲賞を、京都でうにゃうにゃしていた(と思っていた)ヨーロッパ企画が、主宰の上田誠が受賞した。ついに一流の演劇作家として認められたのだ。やはりこれは傑作だ。いつ観ても未来感を放ち続ける作品だったんだ。これを期に公演の映像はDVDではなくBlu-rayになってくれないものだろうか。