働いていると本が読めなくなるらしい、確かにそうだ。1日1冊読んでいたころと比べれば格段に読む量は少なくなった。そもそも働くことに脳が疲れて本を読むどころではないのだ。おそらく件の本にもそういうことが書いてあるのだろう、読んでないから分からんが。
私が最も本を読んでいた時期は高校3年生の時期だった。受験勉強が嫌で図書室に逃げ込んで1日1冊読み続ける日々を送った。おかげで卒業する頃には「3年間で最も本を借りた生徒ランキング」の3位に入り、大学受験はめちゃくちゃ滑った。
そして社会人になった今はおおむね2~3カ月に1冊、たまに面白い本に当たると1日1冊、やる気がなければ1年に0.5冊のペースで本を読んでいる。書店には2週間に1度行き、買った本は積読箱に収納され手に取られる日が来たり来なかったりしている。メンタルを壊して人の心を失い、機械の体になったのにガンダムの話ばかりしている人間の中ではまだ本を読んでいるほうかもしれないが、やはり読む量は少なくなっているし、読み終えるまでの期間も長くなりつつある。宇野常寛の「ゼロ年代の想像力」は購入してから読み終わるまで7年かかった、その一方で宮島未奈の「成瀬は天下を取りにいく」は3時間で読み終えて翌日は舞台の大津に行った。根がオタクなのでこのあたりの反応は外れ値しかないが、総じて中央値も平均値も減少傾向にあるのは確かだ。
そもそも働いていると、仕事として文章を読んだり書いたり読みほどいたり書き直したりしなきゃならないので、文章そのものにうんざりさせられることが多い。したがって文章の宇宙である本を読もうという気分になかなかならない。晴耕雨読の生活ならメリハリのある読書体験ができるのかもしれないが、ワードとエクセルと電卓に囲まれて生活をしていると寝ても覚めてもテキストまみれの生活になってしまう。上手く折り合いを付けられたらいいのだが、それができたら最初から苦労しねえやな。
つまるところ娯楽としての読書の価値が労働によって下がってしまっているわけだ。やはり労働は悪、許せないぜ。私は紙書籍原理主義者なので本を手に取るところからが読書だが、これが電子書籍だった今よりもっと読書から遠ざかっているかもしれない。だって気が散ったらすぐ端末でTwitterの醜い争いとか見ちゃうもの。これが紙書籍だったら数ページ戻ったり本を閉じて休んだりする程度で済むのだから離脱率は電子書籍よりいくらか低いはずだ。
嫌なことから逃げるために読書してたのに、読書するために仕事片付けなきゃならないなんて皮肉な話だな。結局「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」には何が書いてあるんだろう。果たして読める日が来るのかしら。