月に何度か、一人で勤務をすることがある。これは別にテレワークなんて進歩的なものの恩恵ではなく、単純に人手が少ないシフト制の職場だからだ。今日はボスが急にシフトを変えたので、出勤してから一人勤務だと知った。
日が暮れて気温が下がると建物が冷えて「ピシ」「ピシ」と建材が縮む音が聞こえてくる。一人で事務所にいると普段よりもその音がよく聞こえるので、「そろそろ帰る時間だよ」というお知らせのようなっている。下校のチャイムみたいな感じ。古い建物だからこんな音がするのかしら。
仕事が終わったら急いで飲み屋に向かう。推しの飲み屋に貢ぐためだ。「夜8時に店を閉めるぐらいなら最初から開けねえよ」というところもあるし、「協力金じゃ店が持たねえよ」と開けているところもある。僕が行くところの一軒は「しばらくの間は顔見知りだけで営業します」という張り紙がしてある。一応店先で「僕のこと知ってますか?」と尋ねると、「知ってるよ」と言ってもらえた。年単位で通えば顔見知りにはなれるらしい。
しかしそんなセキュリティを突破して席に着いても、みんなずいぶん静かに酒を飲んでいる。声をひそめるようなことまではしないまでも、以前のようにガヤガヤと知らない人同士でおしゃべりするようなことはない。井之頭五郎のように静かに食べて脳内で「白飯があればなあ」などと考えたりしているのだろう。冷奴に乗った三升漬がべらぼうに辛くて僕も無言でビールを飲んだ。そして8時前に全員で店を出た。客同士で何かを話したわけじゃないけれど、みんなこの店が好きなんだろう。
そうして家に帰っても、別に心が満たされるわけでなし、かといって家で飲む気にもならず、電気ヒーターで手を温めながら、いろんなことにうんざりしている。もしかしたら思春期なのかもしれない。そうだ青春小説を読もう。でも最寄りの本屋は潰れてしまったんだった。ああより一層うんざりしてきたぞ。
