TANNYMOTORS

一度人を食らった熊は、その味が忘れられず再び人里に降りてくるという。つまりバイクの日記です。

平野啓一郎『マチネの終わりに』こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった

「こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった」というの名もないオタクの言葉である。この物語に登場する人物たちのような人生を歩むようなら、僕も途中で花や草に生まれたかったと思うだろうよ。

この物語ではピアニストとジャーナリスト2人の人生が描かれている。物語の中で経過した時間は5年半だが、それだけあれば当然色々なことが起こるもので、人の生き死にや心身の移ろいやらがとにかく丁寧に濃密に描かれている。そう、すべての文章が濃いのだ。カルピスの原液どころかコンデンスミルク並みの質量がある。

普段読んでいるものとは全く違うジャンルだったこともあり、全体の1割まで読み進めるのに半年もかかったが、残りの9割は4時間ほどで読み終えることができた。しかし4時間で一気に読んだせいで途方もなく疲れた。とにかく重量感のある物語だった。すべての文章が重たい。アンドレアス・グルスキーというとにかくデカい作品を作る写真家がいるが、あの人の写真ぐらい情景や心情がぎっしり描かれている。

読後すぐに感想を書こうと試みたけれど30分ぐらい呆然としている。物語の終わり方、特に最後の数ページはとてもきれいだったけれど、仕事をサボって読むものじゃなかった。かといって自宅で腰を据えて読んだらそれはそれで消化するのに少なくとも数日はかかっただろうな。

特定の人物の立場や視点から見れば考察もできるだろうが、すべての登場人物に感情移入してしまっていたからとにかく厭世気分がひどい。読むんじゃなかったとは決して思わないが、いろいろなことを思い出しながら「みんな…人生大変ですね」とへとへとになりなりつつ読み終えた。

それでも30歳の誕生日に読み終えた本が「マチネの終わりに」だったということが、いつかはきれいな思い出になるんだろう。さすがに5年もかからないといいけれど。

 

マチネの終わりに (文春文庫)